下らない世の中の動きからぼくは逃散、雄伏します!
選挙が始まった。
権力の奴隷共であるテレビや新聞などのマスゴミという下司な奴らが政府や財界の広報部たる本性丸出しで徹底的な自民党・創価学会応援報道を続けているのを観るにつけ、もうこの国家と国民の多くがすでに完全に世界中の人類の敵、人間の歴史におけるガンと化してしまった現実に改めて絶望と怒りを全身に募らせている毎日だ。
選挙なので投票へは行こうと決めている。
今ではおそらくぼくの家族は全員同じ候補者あるいは同じ政治勢力(政党)の候補者を選んで投票するだろうと思う。
ぼくたちの家族全員が投票したからと言ってその候補者が当選することはないだろうしその政党の議席が大きく伸びることもないだろうと思う。
大体からしてその政党や政党候補者にぼくが投票すること自体、若い頃には考えられないことだった。
ぼくは自分の思想的立場がこの国の愚かな権力者どもやその奴隷マスゴミどもの言う≪左翼!≫であると以って任じて来たが、若い頃の【戦後民主主義は虚空不毛だった】という新左翼の根本思想、思考がじつは権力者側・体制側(右翼)のプロパガンダに瓜二つの≪自由を圧殺するための方便≫であったことを悟ったのは20代前半で東京暮らしにけじめをつけて今住んでいる町へ移り住んだ後(20代も半ばに達した時期)のことだった。
それ以来、ぼくが投票に行くようになってからはぼくやぼくの家族が投票する候補者や政党が選挙結果に於いて伸張した場面に立ち会うことはほとんどなかった。
地方議会選挙ではそれなりの実績を出していることは知っているが(小選挙区制が少数意見を切り捨てる国政レベルで言えば)元々議席が少ない大きくない政党だったのが選挙の度に連戦連敗で段々小さくなる一方だったのだ。
その政党が先日の東京都議会議員選挙ではかなりの踏ん張りを見せて議席数を2倍以上に伸ばしたことから、今度の参議院選でも幾分伸びるかもしれないと噂になったりもしているようだ。
しかしそれでどうなるというものではない。(第一、獲らぬ狸の皮算用に何の意味もない)
つまり大勢は決しているのである。
国家権力・超保守右翼勢力が勝利を収め、今後数年も待たず早々に民衆の自由と暮らしは決定的に圧迫されることになるだろうことは誰の目にも明らかだからだ。
古来【歴史的に何度も証明されてきた】≪この国の権力者どもの脳ミソの腐れ振り≫と≪国民≫という情けない≪自治力の無い民衆(有象無象)の愚劣さ≫が、信じたくないがまたもいつか来た道への行進を繰り返したがっているのだ。
この日本列島の住民たちはなぜこれほどまでに愚かで悪辣な権力の到来を望むのか?!
この国の民衆はなぜ互いの首を絞め合って恍惚状態になっていられるのか?!
この国の民衆はなぜ他民族、他国を罵り、貶めることでしか自意識を昂めることが出来ないのか?!
この度の参議院選挙が分水嶺になるだろう。
水がどこへ流れようとしているのか? もう大方は判っている。
右翼政権のベクトルはぼくたちが望む自由を獲得する方向へは向いていない。
いや、ハッキリとその真逆の方向へ雪崩を打って進むことになるだろう。
その先にあるのは『原発再稼働』であり『憲法改悪(法理念抹殺)』であり『個人の権利の剥奪』であり、更に具体的な『戦争』であることは今や疑う余地がない。
この時代に、ぼくは個人として人間としてどのように対峙して行こうかと考え続けて来た。
そして≪武器を持って立ち上がる道≫を選ばず≪逃散して野に伏す道≫を選ぶことにした。
逃散して野に伏しながら、ぼくに出来る方法で不条理と権力を撃つ生き方を模索しようと思う。
先ずは少しずつ土を耕し、僅かにでも作物を育て収穫して我も他人も(われもひとも)その作物の恵みを受けられる意味と意義を噛みしめてみようと考えている。
こういう思索を実践するために、今までの暮らしの方法から相当離れた暮らし方をすることになる≪移住≫を決心した。
と言っても日本列島を遠く離れて見知らぬ外国の地へ移り住もうというわけではない。(たまたま最近、ぼくの娘は短期間、一人で外国へ出かけ知らない人たちの暮らす村で初めての風俗習慣、文化文物と接する体験をしてきたが、)
ぼくの≪移住≫は今住んでいる大都市の町から少しだけ離れた地方の古い小さい農村への転入という形になる。
車の移動距離でちょうど150kmほど西南方向へ移動するのだが地図上の直線距離ならばたった100km位しか離れてはいない。
しかしそこは紛れもない典型的な古い小さい農村集落の中にある、十数本の果樹林と自家消費分には充分の大きさの野菜畑に囲まれた農家の一件である。
農村へ行きたかったのはそこ(農山漁村)こそがぼくたち日本列島に生きる人間たち(民族)の【生きる営みの原点】だとずっと思ってきたからだった。
そこでぼくは連れ合いとともに土を耕して種を蒔き、あるいは苗を植え(自給自足だなどと不遜なことは決して言わないが)先ずは一年365日の内のただ一日の家族の食糧分だけでも1週間分だけのそれでもいいので育成し収穫して食べて味わうことをしてみるつもりだ。(実際には既にそこの土地から収穫された野菜類を何度も食卓へ登らせて愉しくいただいているのだが、今年の作物はまだ現在その地に暮らしておられる元の地主さんである83歳の元気なおばあちゃんが一人で育ててくれている作物の実りのお裾分けをいただいているだけなのである)
さて、ぼくがこれからそういう暮らしを始めたところで決して長い人生の展望が持てる年齢ではない。収穫もそう何度も経験できたり楽しめるわけではあるまい。 おそらく≪帰農≫するには20年くらい遅過ぎたと思う。
もうぼくは社会の大方の通念に従えば来年あたりで定年というところの歳になった。
けれども若いころから夢に見ていた暮らし方の、それでもきっと幾分かは実現できるに違いない。
そして近い将来、叶うならばその地でぼく自身が幼少年時代に家で飼っていたあの山羊や鶏やウサギなどを一頭一羽でも飼えたら養って育ててみたいとも思っている。
幸い最近になって良い人たちに巡り合えてこのように場所だけは確保できた。
次は現在までの暮らしの基盤であった長い町の暮らしから出来るだけ激烈なショックを受けないように(とくに年老いて身体能力が極度に委縮しつつある生涯都会の消費生活者であった義母の心身を痛めないように)この消費生活スタイルから田舎スタイルへの転身が出来るかどうかというところだ。
この問題はこれまで20年以上もの間ぼくの最大の課題であったもので、ぼく自身が連れ合いの家族と同じ大都市の消費生活しか知らない人間であったならばおそらく今回の選択はあり得なかっただろうと思う。
だがぼくは自分のアイデンテティーが所詮、田舎者であることを知っていて生きて来た人間である。
そんなぼくが成り行きで大都市の町で長年家族と暮らし家族や知人友人の力に助けられてだったが微々たる働きでここまで少しは自分の社会的責任も負ってきたのだった。
けれどもここ数年、この暮らしを続けることへの自分の心の焦りと混迷は強くなる一方だった。
それでいよいよ精神が圧迫されてしまってもうここらで残りの自分の生涯を本来あるべきと思っていた姿に変えてみることを許してもらいたいと願ったのだ。(それが農のある暮らしというわけではなかったのだが、ともかく今までの暮らしからの脱走を試みたかった)そして連れ合いの助力があってこの度の決断が出来た。
今は素直に嬉しい気持ちと期待が70%位で、あとはこの歳になって体力的に新たな生活に適応できるかどうか、また、本来自分がやりたいと願ってきたことが第一の目的として実現できるかどうかへの不安が合わせて30%位というところだろうか。
まあ、やって見るしかないしやって見ればいやでも判ってくるだろう。
2011年3月11日の≪東日本大地震大津波、福島第一原発爆発・放射能拡散犯罪≫を境にぼくたちの住む日本列島では≪独占資本と国家権力がベッタリ癒着一体化して全ての民衆の生命も健康も生活手段をも犠牲にしてただひたすら自分たちのためだけの利潤を追求する存在≫でしかないことがいよいよ明白になり、日々にその残酷な社会の仕組みが民衆のささやかな安寧を押し潰し人間的な自由を圧殺し続けている。
ぼくは自分の暮らしのための自転車操業に追われるばかりで自分の住む日本列島の東半分が犠牲を強いられ十万人を超す人々が住む家を失い暮らす場所も仕事も奪われて流浪するしかなかったこの大震災と原発事故犯罪の現実に対して、日頃自分が偉そうに民衆の中の一人であることを自覚してモノを言ってきたにもかかわらず実際には民衆の一人として当然自ら出来ることをするべきだったのになんの助け合いの手立ても打てないままでいたずらに時節を浪費してきてしまった。
そのことに原罪意識を持つということではないがこれからでも(遅きに逸してしまうかもしれないが)何か自分にできることがあればやって見たいと思っていることもある。
先ずは来年2014年の春、ぼくと家族の新しい大地での新しい暮らしが万帆の船出を迎えられるように準備を進めている。
今回の選挙の結果が判明する頃には多分ぼくたちの移住計画に伴う荷物の最初の移動が始まるだろう。
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今日もいつものように⇒ ◎ 個人的に≪反!原発≫のキャンペーン中です。( YouTube動画 【島国の歌】 )
↓ ↓
http://www.youtube.com/watch?v=aKU5LInmisw
(まだご覧になっておられない方で興味がおありの方はどうぞご覧ください)
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( 2013・7・10、N・T )
権力の奴隷共であるテレビや新聞などのマスゴミという下司な奴らが政府や財界の広報部たる本性丸出しで徹底的な自民党・創価学会応援報道を続けているのを観るにつけ、もうこの国家と国民の多くがすでに完全に世界中の人類の敵、人間の歴史におけるガンと化してしまった現実に改めて絶望と怒りを全身に募らせている毎日だ。
選挙なので投票へは行こうと決めている。
今ではおそらくぼくの家族は全員同じ候補者あるいは同じ政治勢力(政党)の候補者を選んで投票するだろうと思う。
ぼくたちの家族全員が投票したからと言ってその候補者が当選することはないだろうしその政党の議席が大きく伸びることもないだろうと思う。
大体からしてその政党や政党候補者にぼくが投票すること自体、若い頃には考えられないことだった。
ぼくは自分の思想的立場がこの国の愚かな権力者どもやその奴隷マスゴミどもの言う≪左翼!≫であると以って任じて来たが、若い頃の【戦後民主主義は虚空不毛だった】という新左翼の根本思想、思考がじつは権力者側・体制側(右翼)のプロパガンダに瓜二つの≪自由を圧殺するための方便≫であったことを悟ったのは20代前半で東京暮らしにけじめをつけて今住んでいる町へ移り住んだ後(20代も半ばに達した時期)のことだった。
それ以来、ぼくが投票に行くようになってからはぼくやぼくの家族が投票する候補者や政党が選挙結果に於いて伸張した場面に立ち会うことはほとんどなかった。
地方議会選挙ではそれなりの実績を出していることは知っているが(小選挙区制が少数意見を切り捨てる国政レベルで言えば)元々議席が少ない大きくない政党だったのが選挙の度に連戦連敗で段々小さくなる一方だったのだ。
その政党が先日の東京都議会議員選挙ではかなりの踏ん張りを見せて議席数を2倍以上に伸ばしたことから、今度の参議院選でも幾分伸びるかもしれないと噂になったりもしているようだ。
しかしそれでどうなるというものではない。(第一、獲らぬ狸の皮算用に何の意味もない)
つまり大勢は決しているのである。
国家権力・超保守右翼勢力が勝利を収め、今後数年も待たず早々に民衆の自由と暮らしは決定的に圧迫されることになるだろうことは誰の目にも明らかだからだ。
古来【歴史的に何度も証明されてきた】≪この国の権力者どもの脳ミソの腐れ振り≫と≪国民≫という情けない≪自治力の無い民衆(有象無象)の愚劣さ≫が、信じたくないがまたもいつか来た道への行進を繰り返したがっているのだ。
この日本列島の住民たちはなぜこれほどまでに愚かで悪辣な権力の到来を望むのか?!
この国の民衆はなぜ互いの首を絞め合って恍惚状態になっていられるのか?!
この国の民衆はなぜ他民族、他国を罵り、貶めることでしか自意識を昂めることが出来ないのか?!
この度の参議院選挙が分水嶺になるだろう。
水がどこへ流れようとしているのか? もう大方は判っている。
右翼政権のベクトルはぼくたちが望む自由を獲得する方向へは向いていない。
いや、ハッキリとその真逆の方向へ雪崩を打って進むことになるだろう。
その先にあるのは『原発再稼働』であり『憲法改悪(法理念抹殺)』であり『個人の権利の剥奪』であり、更に具体的な『戦争』であることは今や疑う余地がない。
この時代に、ぼくは個人として人間としてどのように対峙して行こうかと考え続けて来た。
そして≪武器を持って立ち上がる道≫を選ばず≪逃散して野に伏す道≫を選ぶことにした。
逃散して野に伏しながら、ぼくに出来る方法で不条理と権力を撃つ生き方を模索しようと思う。
先ずは少しずつ土を耕し、僅かにでも作物を育て収穫して我も他人も(われもひとも)その作物の恵みを受けられる意味と意義を噛みしめてみようと考えている。
こういう思索を実践するために、今までの暮らしの方法から相当離れた暮らし方をすることになる≪移住≫を決心した。
と言っても日本列島を遠く離れて見知らぬ外国の地へ移り住もうというわけではない。(たまたま最近、ぼくの娘は短期間、一人で外国へ出かけ知らない人たちの暮らす村で初めての風俗習慣、文化文物と接する体験をしてきたが、)
ぼくの≪移住≫は今住んでいる大都市の町から少しだけ離れた地方の古い小さい農村への転入という形になる。
車の移動距離でちょうど150kmほど西南方向へ移動するのだが地図上の直線距離ならばたった100km位しか離れてはいない。
しかしそこは紛れもない典型的な古い小さい農村集落の中にある、十数本の果樹林と自家消費分には充分の大きさの野菜畑に囲まれた農家の一件である。
農村へ行きたかったのはそこ(農山漁村)こそがぼくたち日本列島に生きる人間たち(民族)の【生きる営みの原点】だとずっと思ってきたからだった。
そこでぼくは連れ合いとともに土を耕して種を蒔き、あるいは苗を植え(自給自足だなどと不遜なことは決して言わないが)先ずは一年365日の内のただ一日の家族の食糧分だけでも1週間分だけのそれでもいいので育成し収穫して食べて味わうことをしてみるつもりだ。(実際には既にそこの土地から収穫された野菜類を何度も食卓へ登らせて愉しくいただいているのだが、今年の作物はまだ現在その地に暮らしておられる元の地主さんである83歳の元気なおばあちゃんが一人で育ててくれている作物の実りのお裾分けをいただいているだけなのである)
さて、ぼくがこれからそういう暮らしを始めたところで決して長い人生の展望が持てる年齢ではない。収穫もそう何度も経験できたり楽しめるわけではあるまい。 おそらく≪帰農≫するには20年くらい遅過ぎたと思う。
もうぼくは社会の大方の通念に従えば来年あたりで定年というところの歳になった。
けれども若いころから夢に見ていた暮らし方の、それでもきっと幾分かは実現できるに違いない。
そして近い将来、叶うならばその地でぼく自身が幼少年時代に家で飼っていたあの山羊や鶏やウサギなどを一頭一羽でも飼えたら養って育ててみたいとも思っている。
幸い最近になって良い人たちに巡り合えてこのように場所だけは確保できた。
次は現在までの暮らしの基盤であった長い町の暮らしから出来るだけ激烈なショックを受けないように(とくに年老いて身体能力が極度に委縮しつつある生涯都会の消費生活者であった義母の心身を痛めないように)この消費生活スタイルから田舎スタイルへの転身が出来るかどうかというところだ。
この問題はこれまで20年以上もの間ぼくの最大の課題であったもので、ぼく自身が連れ合いの家族と同じ大都市の消費生活しか知らない人間であったならばおそらく今回の選択はあり得なかっただろうと思う。
だがぼくは自分のアイデンテティーが所詮、田舎者であることを知っていて生きて来た人間である。
そんなぼくが成り行きで大都市の町で長年家族と暮らし家族や知人友人の力に助けられてだったが微々たる働きでここまで少しは自分の社会的責任も負ってきたのだった。
けれどもここ数年、この暮らしを続けることへの自分の心の焦りと混迷は強くなる一方だった。
それでいよいよ精神が圧迫されてしまってもうここらで残りの自分の生涯を本来あるべきと思っていた姿に変えてみることを許してもらいたいと願ったのだ。(それが農のある暮らしというわけではなかったのだが、ともかく今までの暮らしからの脱走を試みたかった)そして連れ合いの助力があってこの度の決断が出来た。
今は素直に嬉しい気持ちと期待が70%位で、あとはこの歳になって体力的に新たな生活に適応できるかどうか、また、本来自分がやりたいと願ってきたことが第一の目的として実現できるかどうかへの不安が合わせて30%位というところだろうか。
まあ、やって見るしかないしやって見ればいやでも判ってくるだろう。
2011年3月11日の≪東日本大地震大津波、福島第一原発爆発・放射能拡散犯罪≫を境にぼくたちの住む日本列島では≪独占資本と国家権力がベッタリ癒着一体化して全ての民衆の生命も健康も生活手段をも犠牲にしてただひたすら自分たちのためだけの利潤を追求する存在≫でしかないことがいよいよ明白になり、日々にその残酷な社会の仕組みが民衆のささやかな安寧を押し潰し人間的な自由を圧殺し続けている。
ぼくは自分の暮らしのための自転車操業に追われるばかりで自分の住む日本列島の東半分が犠牲を強いられ十万人を超す人々が住む家を失い暮らす場所も仕事も奪われて流浪するしかなかったこの大震災と原発事故犯罪の現実に対して、日頃自分が偉そうに民衆の中の一人であることを自覚してモノを言ってきたにもかかわらず実際には民衆の一人として当然自ら出来ることをするべきだったのになんの助け合いの手立ても打てないままでいたずらに時節を浪費してきてしまった。
そのことに原罪意識を持つということではないがこれからでも(遅きに逸してしまうかもしれないが)何か自分にできることがあればやって見たいと思っていることもある。
先ずは来年2014年の春、ぼくと家族の新しい大地での新しい暮らしが万帆の船出を迎えられるように準備を進めている。
今回の選挙の結果が判明する頃には多分ぼくたちの移住計画に伴う荷物の最初の移動が始まるだろう。
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今日もいつものように⇒ ◎ 個人的に≪反!原発≫のキャンペーン中です。( YouTube動画 【島国の歌】 )
↓ ↓
http://www.youtube.com/watch?v=aKU5LInmisw
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( 2013・7・10、N・T )
この記事へのコメント
不正選挙実行犯の方々へ
あなた方(不正選挙実行犯の方々)は、確実に殺されます。なぜなら、不正選挙の秘密を知っているからです。
誰に殺されるというのでしょうか?それは、不正選挙命令者にです。
どんな理由で殺されるというのでしょうか?それは、不正選挙の秘密が暴かれることを恐れて、不正選挙命令者が口封じの必要性を感じるからです。
選挙不正の実行を依頼されたなら、自分の命を保障してもらえるのかどうか三回以上質問してみてください。その質問に対して完全に納得できる回答が得られなかった場合、あなたは自分で自分の命を守るしか方法はありません。自分の命より報酬の方が欲しいという方は別ですが、今まで一度も命を狙われなかったとしても安心はできません。これが最後の選挙不正の依頼だった場合には、不正選挙命令者は報酬を支払わずあなたを殺すことによって経費削減と秘密隠蔽の両方をするかもしれません。
このような場合でも延命方法はあります。参考にしてください。
オルロフ
http://www.youtube.com/watch?v=KyfGTcMufHM&t=14s
ベンジャミン・フルフォード
http://www.youtube.com/watch?v=VIrP1jO2pfI&t=343s
リチャード・コシミズ
http://www.youtube.com/watch?v=1ESMKwkRC7E
つまり、
①不正選挙を明らかにできる証拠を密かに確保する。
②その証拠を昔の友人などに渡し、自分が死亡したら即座に大々的に公開してもらう約束をする。
③不正選挙命令者に、『もし、私を殺せば不正選挙の証拠がばら撒かれるようにしてあります。』と伝える。
当ブログ主も先の衆議院議員選挙の投開票のルポ記事や結果報道をめぐって考察し、当該選挙において非常に大掛かりな不正選挙が行われたのではないかと疑っている者ですが、あたかもフリーメーソンや国際ユダヤ資本による陰謀というようなスパイ小説やハリウッド映画のような展開の空想へつなげることはしません。
社会悪に対してはあくまで不正の証拠をつかみ、世論の喚起によって不正を糺す必要があると考えています。
その意味でこちらのコメントには事実に即した物理的証拠の表示がなく主張が不明確で実体のある社会批評たり得ていないので、今後一定日限をもって削除することになります。