「戦後」が「戦前」になる日 [国民投票法案]絶対反対!!

まだ個人的な仕事の制約は継続中で、(つまり生活が懸っている手一杯の忙しさに追われていて)ブログ再開を目の前にして全面的に 「ブログ思考モード」 になれない足踏み状態は続いていますが、今日びの国会・猿芝居のおぞましさに一言いわずにいられません。

自民トー、コーメー葬価学会、民死トー等による 『憲法改定(改正などではない!)のための国民投票法案』 のこと。
憲法それ自体が規定して、主権者である国民自身からの要求でない限り無用に改定することを禁じている内容を、「時の馬鹿な政治家どもの勝手な欲得で」 都合あわせに改変出来る [一般行政法] に改悪しようという目論見が、こともあろうに選りによって 「戦犯!岸信介」 にソックリ似顔の孫、シワクチャ垂れ眼のパラノイア青二才・アベシンゾーの妄想妄動を実現させる形で進行中ということだ。

昨今のニュースによると、今国会中にも権力側の都合勝手に憲法を改変する保障となる 『国民投票=多数決で戦争をできるようにする=法案』 を作ってしまおうとしているそうだ。
(これを伝えるマスコミにはまったく国家・権力に対する抗議の意思も時流に棹刺す意気も無いという体たらくはますます重症だ。 こんな連中にジャーナリストを名乗る資格はない!)

冗談じゃあないぜ!!
それにしてもよくもまあ国会という所はこんな馬鹿で強欲で恥知らずで強い者ベッタリの弱い者いじめ趣味な奴らがウジャウジャ溢れかえっているもんだと呆れながら思うよ。
そもそも選挙の度にこんな奴らを議員にさせる(投票をする) “国民” てのはいったい何だ?!
文字通り余りに劣悪過ぎてとても読めない(吐き気がしてくる)ポルノ老人・バイオレンス小説家の石原チンタロージジイなんかを首都の知事(痴児か?)に選んじゃうような人民じゃどの道救いようもないが。

国会は魑魅魍魎(チミモウリョウ)の巣窟だけれど、身の回りを見回せば、いつの間にかそこにもここにも人間の皮を被った人でなし、チミモウリョウがべったり日常の人の世を占拠しているというわけか、ああヤダヤダ。 これじゃこの世はまるで水木しげるの妖怪マンガだ。
そう言えば統一地方選とかいう今頃になると、葬価学会なんかがやたらとゲーノージンやら使って出鱈目な集会を連発したり(近所にそんな建物があるのでウットーシクテならん!)自分の名前もまともにしゃべれない地域ボスのジミントージジイが車で走ったりしてやがるなー。

どう考えてもこんな奴らに投票する日本人は馬鹿だ、無責任だ、卑怯者だ! ヒトデナシ、だ!!
奴らはぼくらの大事なこの国を再び戦争する国にしようとしてる。
ぼくはいやだ!! マッピラ御免だ!!
この事態がすんなり進んでしまえば、ぼくらが 「戦後だと考えてきた時代」 を、ぼくらの次の世代は 「戦前」 だったと考えなければならないかも知れない。
ぼくらの子供や孫は再び国家に合法的に拉致されて兵士へと強制されるかもしれない。
そうなればぼくたちが必要に追求しようとした嘗てのこの国の民衆の戦争責任の問題はいつか再び鏡を返すようにぼくたち自身を被追求者として繰り返されることになるだろう。

ぼくたち人民はそれで良いのか?! 誇りある無名の民衆を名乗りたくはないのか?!
ぼくはそうありたい! この国の、現代の、誇りある無名の民衆の一人として生きていたい!!
だから [国民投票法案] などという無意味で不気味な法案には反対だ。 それも並みな反対ではない。 “絶対反対!!”

この “絶対反対!!” の意味は重いのだ。
(権力の横暴への抗議手段として自爆レジスタンスという方法しか持てない人々の存在を無視するな!)
30年ほど前の若かったある日、どこかの集会で戦前・戦中時代を生きてきた老婦人が訴えていた言葉を思い出す。
“戦争は、生命かけても阻むべし 母、妻、翁女(おみな)牢に満つるとも”

ぼくたちは戦前、戦中の大人たちに戦争責任を押し付けるだけでは済まない所まで既に来ているのではないか?!
愚かに男の本質を覇権・闘争本能と占有欲に委ねて戦争を肯定し、女性にだけこんな非戦、反戦の決意をさせていて良いのか?!
団塊の世代がどうしたこうしたなどと流行り言葉の尻馬に乗ったつもりで、権力の振り撒く浅はかな本質隠しの民意誘導に付和雷同して、下らぬ噂話で世間を知ったか振りしてヘラヘラ過ごしている場合ではあるまい。
(2007年3月28日、N・T)





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