“ 北方領土・四島を返せ ” ではない!!
ロシアの青二才大統領が北方四島はロシアの領土だなどと寝言を言っているようだ。
その北方四島を含む日本の千島列島を旧ソ連(現在のロシア)が敗戦国日本から略奪したのは、もともと第二次大戦に於ける日本軍の決定的敗色が濃くなってから(旧ソ連邦と日本が二国間で結んでいた相互不可侵条約を一方的に破棄して)対日本宣戦布告をし、戦闘行為が既に全く継続できない壊滅的日本軍と中国大陸へ侵略的に入植していた日本人(農民や民間職業人たちとその家族)とを無差別に攻撃して財産を略奪し、日本軍人及び軍属民を捕虜として捕縛した上、強制労働を強い、自国(ソ連)の僻地開発、森林伐採等に牛馬以下の扱いで使役し、勝利した連合国としての法的手続きも国際法上の正当性の根拠も何もなく日本国土まで強奪したという歴史の結果であり、敗戦処理交渉当時自らの権益を護守、継続することに執心していた権力者たち以外には日本人民のだれ一人そんな経緯を承諾も承認もしていない現状であるにすぎないのだ。
だからぼくはロシアの青二才大統領とかいう男が北方四島はロシアの領土だなどと寝言を言うのであれば声をあげて “強盗、火事場泥棒国ロシアよ! 北方四島を返せ、ではなくて全千島列島と樺太(カラフト)を返せ!!” と言おう。
≪ ロシヤ~野蛮国~クロポトキン~キンターマ~ ≫ という囃し歌を子どもの頃に遊び仲間で歌った覚えがある。
じつはその頃には何となくこの歌が誰か外国の人か国かの悪口を言っているようで、しかも大きな声では歌いにくい卑猥な感じがして小学校1,2年生時分のぼくにはみんなと声を合わせて歌えなかった記憶がある。
(ロシアと言う国がその頃のソ連のことだと認識していたかどうか、クロポトキンが人名だとも、知らなかったように思う)
それでもただなんとなく子供心にこの遊び歌には何か自分の “素朴な正義感” に反する意味があるのではないかと感じていたのだった。
そして中学生ぐらいになるとその囃し歌が持っていた日本庶民の無知傲慢の本質が少し理解できてやはり自分は大声で唱和しなくてよかったなあと思ったのだった。
日露戦争当時の富国強兵政策の明治政府が、たまたまロシアに戦争を仕掛けて勝利した結果、日本は昨日までの鎖国内の島国根性を、まるで欧米列強国の国際交渉力や政策と肩を並べることが出来る力量であるかのように思い違いをして、ロシアや中国を自分たちの国や国民より劣等に置いて憚らなかった。(それは恥ずべきことである)
そういう風潮を背景にしてあの ≪ ロシヤ~野蛮国~クロポトキン~キンターマ~ ≫ という囃し歌を第二次世界大戦の敗戦後になっても子どもたちは歌い継いでいたというわけなのだろう。
そして今日現在である。
ぼくは自分の家族に夕餉の後でこの歌のことを話しながら、あの頃には思いもしなかったこの歌の一部 ≪ローシーヤ~野蛮国~≫ という部分が案外 “的を射ている” ようだと思いながら口ずさんだのだ。
北海道に殆ど接して存在する北方四島はもちろん歴史的にも実際上もロシアの領土などではない!!
それどころか日本政府が卑屈な取引で敗戦後に取り結んだサンフランシスコ講和条約に盛り込まれたような北方領土(千島列島)破棄の成文は正当ではない!!(その上、ソ連自身がこの条約を認めず、日ソ間ではもともと未解決のままなし崩し的にソ連が勝手に国後、択捉、歯舞、色丹、諸島を実効支配しているだけである)
第二次世界大戦を考察した結果の現代の戦争をめぐる国際法上では、戦争で奪った領土はその戦争が起こる以前の領有国に返還しなければならないとされている。
ならばロシアが北方四島を日本に返還するのは無論のこと、全千島列島を返還せよと日本は改めて主張するのが当然である。(その意味でサンフランシスコ講和条約は不完全・不当な取り決めであると言わざるを得まい)
そしてさらに日本はロシアに対して “樺太の南半分を日本に返せ!” と新たに主張するべきなのだ。
その状態こそがロシアと日本が 「戦争の結果」 ではなくそれぞれ独立国として国家間交渉に基づいて互いに承認し合った領土保有の取り決めに100%合致している動かぬ事実と記録であるからに他ならない。
いつもここに表明しているが、ぼくは街宣車で 「北方領土を返せ~~!!」 とがなりたてて騒ぐ右翼暴力団は大嫌いだ。
最近の中国との間の尖閣諸島に関するいきさつでも右翼暴力団の嬉しがりの自己宣伝、抗議行動には絶対に与(くみ)しない。(それに第一ぼくの主張は上記の通り、右翼の低脳、軟弱な主張よりはるかに硬質で過激なはずだ)
だから全千島を返せ!!というのも決して右翼、国家主義的発想で領土と国家権益の保全を図ろうというのではない。
しかし歴史は無視できるものではない。
そこには人間の暮らしや経験や思考が土や水のように存在して来たからであって、歴史が生きる状況を確保さえできるならば国家などはどうでもよいのだ。
最も大事なことはいつでもどこでも人間の生きる歴史に他ならない。
“強盗、火事場泥棒国家ロシアよ! 北方四島を返せ、ではなくて全千島列島と樺太(カラフト)南半分を返せ!!”
( 2010・12・24、N・T )
その北方四島を含む日本の千島列島を旧ソ連(現在のロシア)が敗戦国日本から略奪したのは、もともと第二次大戦に於ける日本軍の決定的敗色が濃くなってから(旧ソ連邦と日本が二国間で結んでいた相互不可侵条約を一方的に破棄して)対日本宣戦布告をし、戦闘行為が既に全く継続できない壊滅的日本軍と中国大陸へ侵略的に入植していた日本人(農民や民間職業人たちとその家族)とを無差別に攻撃して財産を略奪し、日本軍人及び軍属民を捕虜として捕縛した上、強制労働を強い、自国(ソ連)の僻地開発、森林伐採等に牛馬以下の扱いで使役し、勝利した連合国としての法的手続きも国際法上の正当性の根拠も何もなく日本国土まで強奪したという歴史の結果であり、敗戦処理交渉当時自らの権益を護守、継続することに執心していた権力者たち以外には日本人民のだれ一人そんな経緯を承諾も承認もしていない現状であるにすぎないのだ。
だからぼくはロシアの青二才大統領とかいう男が北方四島はロシアの領土だなどと寝言を言うのであれば声をあげて “強盗、火事場泥棒国ロシアよ! 北方四島を返せ、ではなくて全千島列島と樺太(カラフト)を返せ!!” と言おう。
≪ ロシヤ~野蛮国~クロポトキン~キンターマ~ ≫ という囃し歌を子どもの頃に遊び仲間で歌った覚えがある。
じつはその頃には何となくこの歌が誰か外国の人か国かの悪口を言っているようで、しかも大きな声では歌いにくい卑猥な感じがして小学校1,2年生時分のぼくにはみんなと声を合わせて歌えなかった記憶がある。
(ロシアと言う国がその頃のソ連のことだと認識していたかどうか、クロポトキンが人名だとも、知らなかったように思う)
それでもただなんとなく子供心にこの遊び歌には何か自分の “素朴な正義感” に反する意味があるのではないかと感じていたのだった。
そして中学生ぐらいになるとその囃し歌が持っていた日本庶民の無知傲慢の本質が少し理解できてやはり自分は大声で唱和しなくてよかったなあと思ったのだった。
日露戦争当時の富国強兵政策の明治政府が、たまたまロシアに戦争を仕掛けて勝利した結果、日本は昨日までの鎖国内の島国根性を、まるで欧米列強国の国際交渉力や政策と肩を並べることが出来る力量であるかのように思い違いをして、ロシアや中国を自分たちの国や国民より劣等に置いて憚らなかった。(それは恥ずべきことである)
そういう風潮を背景にしてあの ≪ ロシヤ~野蛮国~クロポトキン~キンターマ~ ≫ という囃し歌を第二次世界大戦の敗戦後になっても子どもたちは歌い継いでいたというわけなのだろう。
そして今日現在である。
ぼくは自分の家族に夕餉の後でこの歌のことを話しながら、あの頃には思いもしなかったこの歌の一部 ≪ローシーヤ~野蛮国~≫ という部分が案外 “的を射ている” ようだと思いながら口ずさんだのだ。
北海道に殆ど接して存在する北方四島はもちろん歴史的にも実際上もロシアの領土などではない!!
それどころか日本政府が卑屈な取引で敗戦後に取り結んだサンフランシスコ講和条約に盛り込まれたような北方領土(千島列島)破棄の成文は正当ではない!!(その上、ソ連自身がこの条約を認めず、日ソ間ではもともと未解決のままなし崩し的にソ連が勝手に国後、択捉、歯舞、色丹、諸島を実効支配しているだけである)
第二次世界大戦を考察した結果の現代の戦争をめぐる国際法上では、戦争で奪った領土はその戦争が起こる以前の領有国に返還しなければならないとされている。
ならばロシアが北方四島を日本に返還するのは無論のこと、全千島列島を返還せよと日本は改めて主張するのが当然である。(その意味でサンフランシスコ講和条約は不完全・不当な取り決めであると言わざるを得まい)
そしてさらに日本はロシアに対して “樺太の南半分を日本に返せ!” と新たに主張するべきなのだ。
その状態こそがロシアと日本が 「戦争の結果」 ではなくそれぞれ独立国として国家間交渉に基づいて互いに承認し合った領土保有の取り決めに100%合致している動かぬ事実と記録であるからに他ならない。
いつもここに表明しているが、ぼくは街宣車で 「北方領土を返せ~~!!」 とがなりたてて騒ぐ右翼暴力団は大嫌いだ。
最近の中国との間の尖閣諸島に関するいきさつでも右翼暴力団の嬉しがりの自己宣伝、抗議行動には絶対に与(くみ)しない。(それに第一ぼくの主張は上記の通り、右翼の低脳、軟弱な主張よりはるかに硬質で過激なはずだ)
だから全千島を返せ!!というのも決して右翼、国家主義的発想で領土と国家権益の保全を図ろうというのではない。
しかし歴史は無視できるものではない。
そこには人間の暮らしや経験や思考が土や水のように存在して来たからであって、歴史が生きる状況を確保さえできるならば国家などはどうでもよいのだ。
最も大事なことはいつでもどこでも人間の生きる歴史に他ならない。
“強盗、火事場泥棒国家ロシアよ! 北方四島を返せ、ではなくて全千島列島と樺太(カラフト)南半分を返せ!!”
( 2010・12・24、N・T )
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